クリネタとは?

クリエイトのネタ。だから、クリネタ!

分野を超えて集った、ギョーカイ話題の奇跡の季刊誌。
さらにパワーアップして、いよいよ4年目に突入。

「早く出さんと、みんな死んでまうで!」
創刊のきっかけは、長友編集長のこの一言だった。
「観るデザイン誌」から「読むデザイン誌へ」。
あの人のアノ作品は、どういうつもりで創ったのか? 
あの時代のアレは、いったい、どういうことだったのか? 
世に埋もれ、忘れられている大切なモノ、コトを掘り返し、
21世紀の今に総力再生産。温故知新から温今知新まで、
クリエイトのネタを幅広く収集、編集!
2008年3月創刊以来、全国の読者様の温かいご支援、
一流企業様の熱い広告ご出稿に支えられてきました。
経済不況を何するものぞ! 雑誌低迷なんかクソ食らえ! 
の気概で頑張る日本一高齢編集団。
その知見、ネットワークを駆使して、
知的好奇心を刺激する内容満載。
毎号、毎号、ソーソーたる人々が集う、
どこから読んでもタメになる、娯楽のファストマガジン。

クリネタ編集団!

  • 長友啓典 (ながとも・けいすけ)

    クリネタ編集長 / アートディレクター

    昭和14年大阪府阿倍野区三明町に生まれる。大阪府立天王寺高校時代はラグビー部に所属、全国大会で花園競技場に出場。国体では神戸の球技場で華々しく活躍。昭和30年の頃である。デザインのデの字も関係なかった。昭和33年に「ミッチーブーム」に湧く東京へと勇んでやって来るが、特にすこともなくフーテン。縁あって桑沢デザイン研究所から日本デザインセンターを経て、黒田征太郎とK2を設立し、以来40年を越えた。

  • 山岡 茂 (やまおか・しげる)

    クリネタ編集団 / StudioGIVE主宰

    京都生まれ。本誌の表紙デザイン、及び本文デザイン担当。1989年「TEXTURE」にて原弘賞、ADC賞。1992年フランス・ショーモンポスターフェスティバルにて受賞等。

  • 柴田常文 (しばた・つねふみ)

    クリネタ編集団 / コピーライター / クリエイティブディレクター

    1950生まれ。33年勤めた大手広告代理店を自主定年して、「リンクエス」を設立。見た目の風格より、意外と若い!とよく言われる。TCC(東京コピーライターズクラブ)会員。

  • 中村 禎 (なかむら・ただし)

    クリネタ編集団/コピーライター/クリエーティブディレクター

    1957年福岡県北九州市門司区生まれ。九州男児ひと筋。1968年メキシコ五輪でサッカー日本代表が銅メダルを獲得して以来、サッカーひと筋。1980年コピーライター養成講座卒業後、ややあってサン・アド入社。以来コピーライターひと筋。1988年クリエーティブ局が初めて途中入社を入れるというプロジェクトの1期生として電通入社。以来電通ひと筋。で、そろそろ次のひと筋を。

  • 野田幾子 (のだ・いくこ)

    クリネタ編集団/ライター/エディター

    アスキー退職後、2000年よりプロダクトを中心としたデザイナーへの取材、執筆多数。第3回TIAA受賞作品ウェブサイト部門コーポレートサイト 金賞「DESIGN - YAMAHA」。ビアジャーナリストとしてムック『ビアびより』編集長を務める。ほか、ミュージシャン、アスリートへの同行取材なども。2010年コラボトリエ設立、2012年より代表。

  • 平田静子 (ひらた・しずこ)

    ヒラタワークス株式会社 代表取締役

    1969年株式会社フジテレビジョン入社。84年株式会社扶桑社へ出向。宣伝部にてPR活動。その後書籍編集部 編集長。テレビ本・ラジオ本など、フジサンケイグループとの連動本を企画し、「アメリカインディアンの教え」「ビストロスマップ」などベストセラーを生み出す。また福田和子(松山ホステス殺害事件)自身による手記「涙の谷」を出版し話題となる。1994年 雑誌CAZ編集長、1998年書籍編集部部長、上記を経て、同社執行役員、取締役、常務取締役などを歴任。2000年「チーズはどこに消えた?」を出版プロデュース。販売累計370万部の大ヒット作となる。「新しい歴史教科書をつくる会」に同社代表として参加し、中学の歴史と公民の教科書全般に携わる。「日経ウーマン」主催による、ウーマン・オブ・ザ・イヤーの部門賞受賞。2007年10月27日公開映画「象の背中」(秋元康原作・松竹配給)のエグゼクティブプロデューサーを務める、など各方面で活躍。2010年3月末をもって株式会社扶桑社を退職。同年、4月にプロデュース会社・ヒラタワークス(株)を設立。出版・映像・イベント・マーケティングなどのプロデュース、企画プランニング・コンサルティングなど幅広いビジネスを展開。