【クリネタ名物アンケート】

「銀座」と聞いて、あなたが思い浮かべる
ものは何でしょうか?(銀座は、東京に限りません)

四丁目を思う人、夜のクラブ活動を思う人、一流ブランド店を、
老舗のお店を、味のお店を…などなど、戸越銀座に至るまで、そのイメージは
人さまざま。銀座は幅も、底も、とてつもなく広くて、深い!

  • 長友啓典 クリネタ編集長
  • 「男の花道」
  • 銀座と言えば、やはり川口松太郎の小説『夜の蝶』である。映画にもなった。銀座の旧き良き時代の「クラブ」の話である。そこで働く女給(ホステス)さんの事を称して「夜の蝶」と呼んだ。絶世の美女達がお酒の接待をしてくれるのである。今をときめく白州次郎、小説家の川端康成、画家の岩田専太郎、政界、財界の重鎮達が夜毎集り宴を繰り広げていた。東京に出て来たらその銀座で飲むのが夢であった。「男の花道」と思い込んでいた。
  • 山岡 茂 編集団
  • 「銀座ワシントン靴店」
  • それは東北方面からの帰りだった。まだ京都にいた学生時代アルバイトを重ね、その金で、関西在住からすると、みちのくの東北へと旅立った。その帰り東京を見物したくなり八重洲の観光案内所で宿を聞き二泊する事になった。まったく田舎者の仕業である。
    その頃(40年程以前)京都人にとって東京銀座はハイブローな憧れの町であった。地方出とは仕様が無い。特に京都には良いデザインの靴屋さんが見当たらなかった。残念ながら、革がなめくじのような輝きを持つ黒い鶏の嘴の様な靴しかバリエーションが無かった。
    旅の途中の銀ブラで見かけた靴は、今でも鮮明に記憶の中にあるが、薄いベージュのバックスキンで靴の踵の周囲に黒いゴムで縁取りしてあり、靴紐も黒。思わず入ったその店が銀座ワシントン靴店である。
    それ以来、東京に来た、2、3年は銀座に来ると一階、二階と通っていたが今はもう。
    格差のあった時代は、アッという間にフラットな町々になってしまった。今はもうワシントン靴店は1階にはなく地下に潜ってしまった。
  • 柴田常文 編集団
  • 「いつだろ?」
  • ナポリタンを初めて食ったのはいつだろ? と同じ感覚で、人生で初めて銀座を見たのはいつのことだったか? とふと思った。中学校の修学旅行は東京だった。おそらくこの時に来ているはずなのに、上野の西郷銅像や国会の記憶はあっても、銀座の記憶がない。高校時代も行った覚えがない。学生時代、神楽坂に通っていたけれど、銀座なんかに来た覚えがない。と、会社に入ってから……か? ホントかよ?!
  • 平田静子 編集団
  • 「私にとっての銀座」
  • 私が小学生の頃は、家族の団らんといえば銀ブラであった。
    毎晩夜遅く帰宅する父とは普段あまり顔を合わせた覚えがないが、日曜の朝になると、しかもほとんど毎日曜日、「さあー、銀座行くよ-! 仕たくして」と父と母の掛け声がかかる。私と3才下の妹はいそいそとよそいきを着て一家四人で銀座へ出かけた。
    さしてお金がある訳ではないので、何を買うでもなく、何か特別なことをするでもなく、三越デパートや和光などを回り、どこだったか覚えていないが洋食屋でランチを食べて帰ってくる。
    それが我が家の唯一の団らんであり、楽しみであった。
    ときには歌舞伎座で歌舞伎見物をし、日比谷のアメリカンファーマシーまで足をのばし、当時ではまだまだ珍しかった家庭用品などをみて感激していた覚えがある。
    子供心には銀ブラが特別面白かったという記憶はないが、何より父と母といっしょに、しかも夫婦げんかのない銀ブラが平和な気持ちにさせたことは確かである。
    そして何だかわからないが、子供心にも上品な気分になる。
  • 安藤耕一郎 編集団
  • 「一丁目にあったテアトル東京」
  • 映画館と言えば日比谷というイメージだったが、私の好きな映画館は銀座一丁目にあった「テアトル東京」だった。ここで最後に観た映画は『ウッドストック』だったっと思う。いまやその場所には「ホテル西洋銀座」が建っている。ウッドストックの方はどうなっているのだろうか。
  • 吉永 淳 編集団
  • 「小森のオバチャマ」
  • 十九歳のとき、受験で東京にきた。従兄弟が部屋に閉じこもってないで銀座にでも行こうというので、初めて銀ブラをした。そのとき銀座通りを歩いていたのが、小森のオバチャマでした。テレビで見たとおり、松ぼっくりのような髪形でとっても小柄な人だった。上品な笑顔が忘れられません。今も夕暮れの銀座を歩いていると、通りの角からひょっこり顔を出すような気がします。
秋田 寛 グラフィックデザイナー
「銀座定食」
秋山 晶 ライトパブリシテイ代表取締役CEO
「街の灯。」
朝倉 勇 コピーライター、詩人
「染みる街」
阿南一炊
「銀座で観た名画」
粟辻美早 グラフィックデザイナー
「ズバリ! あんぱん!」
安西水丸 イラストレーター
「天井の高い街」
安藤 隆 サン・アド クリエイティブディレクター
「みゆき族」
一倉 宏 コピーライター
「地方銀座の消滅」
井筒啓之 イラストレーター
「初デート」
今井 一 フジテレビジョン 放送事業推進室
「谷中銀座」
えなみ眞理子 スタイリスト
「ハレの街」
大谷裕巳 ㈱日美 代表取締役社長
「地方銀座の消滅」
大西一平 プロラグビーコーチ
「私の銀座」
岡田大貳 レストランオーナー
「私にとっての銀座」
奥平イラ イラストレーター、マンガ家
「銀座で思い出したハズかしいラップの話」
小津美智子 ストラテジック・プラナー
「銀座は元祖ミーハーな街だった! はず……」
小野鉄二郎 テレビプロデューサー
「銀座で赤提灯」
海藤春樹 ライティング・デザイナー
「銀座でひとつ~」
門上武司 「あまから手帖」編集顧問
「松崎天民の銀座」
葛西 薫 アートディレクター
「銀巴里」
川島文夫 PEEK-A-BOO代表
「銀座はどこにでもある」
韓 麻木 おいしいしごと・編集者&ライター
「世知辛い銀座」
操上和美 写真家
「ネオンとドブネズミ」
小石原宣子 料理研究家
「うきうき」
小泉武夫 食文化論者・発酵学者
「銀座は高いとこ」
小泉 誠 家具デザイナー
「あこがれと反面教師」
児島令子 コピーライター
「ひょんな出会いの銀座のバー」
佐藤可士和 アートディレクター
「石神井銀座」
鈴木清巳 イシマルチーフデザイナー
「銀座のショーウィンドウ」
鈴木 剛 ㈱Go Star プロデューサー
「迷路」
須田 伸 サイバーエージェントアメリカ
「シネスイッチ銀座」
TAOSA TOHKURA CD、コピーライター
「スカウト」
立川直樹 プロデュ―サー、ディレクター
「銀座墓標」
垂水佐敏 京都造形芸術大学 教授
「銀座と聞いてデカプリオ」
千葉 茂 日本工学院専門学校 学校長
「銀座は迷い道」
中島永晶 大妻女子大学 教授
「銀座中央通り」
中野利彰 企画・演出
「迷子」
中村 卓 タフカンパニー・アートディレクター
「ムルギランチとマンデリン」
貫場幸英 株式会社ヴェガ代表
「なるべく近づかないようにしています」
納島正弘 グラフィックデザイナー
「文化度を測る目安」
野地秩嘉
「『茂竹』のてんぷら」
浜田 茂 高知新聞編集局次長
「台風銀座」
半沢克夫 写真家
「ママ」
広谷純弘 建築家
「若い時計台」
藤子不二雄 漫画家
「銀座といえば酒場」
藤本雅彦 ㈱デジタルエッグ 統括部長
「並木座」
マイク前川 ロケーションコーディネーター
「キャバクラ」 (*編集部注:クラブの間違いかと思われます)
南川三治郎 写真家
「開高さんとムール貝を食べに行った夜」
三好和義 写真家
「気になるホワイトローズ」
三好 咲 幻戯書房 編集部
「銀座はお城へ」
森田恭通 デザイナー
「やはり」
矢野寛治 コピーライター、TVコメンテーター
「二人の銀座」
山村 哲 東北新社
「旧い映画の残像」
横道浩明 コピーライター、CD
「銀座といえばNOWでしょう」
吉野ゆかり 国際中医薬膳師
「末恐ろしい女子大生」
渡辺裕一 コピーライター
「ふらり、ちらり」

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