【ウィークリーネタ】 毎週月曜日更新中!

2011.08.05

平凡な男・神話的ヴィジョン

エバタマサコ(グラフィック・アーティスト)
“Homage to Ben Shahn”
Illustration by Masako Ebata, 2011

“Who is your favorite artist?”(あなたの好きなアーティストは誰?)とアメリカ移民局の面接官に聞かれました。”Ben Shahn”「ベン・シャーン」と答えると、面接官は興味ありげにちょっとだけ眉をしかめながら”Ben who?”(そのベンって誰?)と聞き返しました…。

今年4月末から隔週で7回「クリネタ伝習所in大手町」が開催されました。イラストレーターの安西水丸氏が講師であった日、安西氏が最も影響を受けたアーティストとしてベン・シャーンをあげられたとき、私は、12年前にアメリカ移民局で経験した自身のグリーンカード取得のための面接シーンをふと思い出しました。

私は留学のためにニューヨークに渡り、そのままあちらで20年間、グラフィック・デザインとイラストレーションの仕事をしました(2年前に主拠点を東京に移し、現在はニューヨークと東京とを往来中です)。アメリカで長年働くには就労ビザかグリーンカード[永住権]が必要です。取得方法はいくつかありますが、私の場合はしばらくビザで働きながら、アメリカで年に一回行われるグリーンカードの抽選に応募し、3回目あたりで奇跡的に当選しました。といっても厳密には候補に当選しただけで、それからさまざまな書類を期限までに提出し、最終面接にこぎ着けます。当選通知から面接まではおよそ10ヶ月間(期間は人によって差があります)、面接中に「不適応」と判断されればそれまでの苦労が水の泡…。何か後ろめたいことがあるわけでもないのに面接日が迫ってくると妙にソワソワしました。

面接当日、初春の空は晴れでした。コンサバ系の服装で、遅刻しないようにマンハッタンのダウンタウンにあるアメリカ移民局のビルに向かいました。無彩色の広い待合室で名前を呼ばれると、4人ほどが座れるソファセットのある小部屋に通され、そこに(運命を託す)白人中年男性の面接官が一人いました。

グリーンカードの審査では「アメリカに税金をちゃんと収められるか」が最も重視されます。よって面接では必ず職業を聞かれます。私が「グラフィック・アーティストです」と答えると(会話はすべて英語です)、冒頭のように面接官が「あなたの好きなアーティストは誰?」と聞いてきたのです。予想外の質問でしたが「ベン・シャーンです」と私は即答しました。面接官はおそらく知らなかったようで、”Ben who?”と聞き返しました。私はまず”S, H, A, H, N”とスペルを言い、続けて「7歳の頃にリトアニアからアメリカに移民し、ブルックリン育ち。世界大恐慌時代には、社会派リアリズムの画家としてアメリカで最も人気のあるアーティストの一人でした」と手短かに説明しました。

ちょうどその時期、セントラルパークの東側、五番街の92丁目にあるジューイッシュ・ミュージアムでは、ベン・シャーン 生誕100年を記念する大回顧展「平凡な男・神話的ヴィジョン」(1998.11.08-1999.03.07)を開催中でした。私は今でも、この回顧展の図録を自分の本棚のお気に入りのスポットに置いています。ペラペラとめくって絵をながめるだけで、彼が影響を受けた時代や文化やアーティスト、彼に影響を受けたアーティストなどが次々に目に浮かんできます。

ちなみに、ニューヨークはジューイッシュ(ユダヤ)系の移民芸術家が多く、同ミュージアムでは過去に、モーリス・センダック、マイラ・カルマン、(「おさるのジョージ」でおなじみの)マーガレット&H. A.レイ夫妻など、著名な絵本作家の大規模な原画展も開催しています。

さて、面接官に戻ります。ベン・シャーンのことに「ははーん」という軽い反応を示してから、こう質問してきました「では、あなたが2番目に好きなアーティストは誰ですか?」。「おー、2番目ねぇ」と思いながら空(くう)を眺めると、頭の中にいろいろなアーティストの名前と作品が往来し...もっと大物にしてみようと「ピカソ!」と答えました。面接官は、”Picasso!...I know Picasso!”と言いました。なんだか満足げな表情でした。それ以上アートに関する質問はなく、間もなく面接は終わりました。

ふた月後、近所の小さな公園に巨大なチューリップが咲きほころぶころ、移民局から正式なグリーンカードが届きました。

こうして、ベン・シャーンと私のグリーンカードは、ミルフィーユのように交互に重なり合う記憶となりました。こんなことを思い出していると、マンハッタン18丁目のシティ・ベーカリーのカプチーノが飲みたくなります。平凡だなぁ...。

・・・・・・・・・・・・・

ご縁あって、ウィークリーネタの初回に寄稿させていただきました。これからも機会ごとに、日本ではあまり知られていないけれども、アメリカで活躍している(してきた)クリエイターたちを、ニューヨークの風味を交えながらご紹介していけたらと思っています! –エバタマサコ

コメントする

*必須

*必須 Emailアドレスは公開されません