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2012.04.13

富士山伝説

長友啓典 (クリネタ編集長 / アートディレクター)

写真家の宮澤正明くんが神がかりな写真をカメラに納めることに成功した。それは、雲が朝陽を浴びて「龍」へと変身するかの様な連続写真である。富士の周りをその「龍」が天へと昇っていくのである。まさしく「昇龍」だ。ある人がその一枚の写真を手に入れ壁面を飾っていると失礼な言い方だが「倒産間近と言われたその会社が見事立ち直った。」という話である。その成功譚が口コミで各地に広がった。その「アリガタイ」写真集を現在製作中である。一枚一枚その写真を見ながらボクの富士山信仰を思い出した。

夜汽車に乗って何の目的もなく、東京に行けば何か「おもろい」事があるのではなかろうか、という幻想を胸に抱いての不純な動機を持った上京であった。昭和33年のことである。世の中は現皇后、当時は皇太子殿下のお妃様候補が平民の出身ということで大騒動であった。美智子さまの名の頭をとって「ミッチー」と呼び、畏れ多くも「ミッチーブーム」が巻き起こっていた。

ボクが高校を卒業した年は、当時一橋大学の学生であった石原慎太郎さんが「太陽の季節」で「芥川賞」を受けて衝撃のデビューを飾り、赤線防止の施行の年であり、皇太子ご成婚があった。東京タワーが建設途上の時で、映画「三丁目の夕日」の頃である。そんな時代の東海道在来線の話だ。確か大阪は天王寺駅の夜8時頃の出発だったと記憶するが、急行夜行列車に乗り込むと全ての窓が開いていた(ということは夏休み)。勿論蒸気機関車であった。奈良に差し掛かりトンネルに入ると即座にバタバタと窓が閉められた。蒸気機関車の蒸気を起こす石炭のすす混じりの煙が一斉に客席に飛び込んで来た。なにしろ初めて乗る国鉄の遠距離である。ボクの横にある窓から客車内にひといきに煙を吸入している状態となった。「こらぁ坊主!!閉めんかい」と叱責をかった苦い経験がある。そういった常識をわきまえていなかった。東京への旅が10時間近くかかったはずである。8時発の汽車が丁度富士山にかかるころに見える富士山がこんなに感動的なものだとは夢にも思わなかった。隣の学生が「これで大学受験OKやッ!」と叫んだのを思い出した。夜明けに富士山が見えると「受験が成功する」との言い伝えである。

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