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2014.10.20

脚光を浴びる生まれ故郷。

長友啓典(クリネタ編集長 / アートディレクター)

ボクの生まれ育ったところは、大阪のミナミに位置する天王寺というところである。近鉄阿倍野橋駅と隣接しているので阿倍野とも呼ばれている。大雑把にいえば聖徳太子が祀られている名刹四天王寺さんがあれば天王寺動物園もある。天王寺美術館があって新世界と呼ばれるあの通天閣がそびえる一角も天王寺と呼ばれている。

この界隈にはあの有名なジャンジャン横丁がある。ソースの「二度づけ禁止」という有名なフレーズのある串カツで有名だ。いつだったか失念したが、作家の村松友視さんと探訪した折は昼の12時でも酔っぱらいがゴロゴロ(嘘じゃない)寝転んでいたし、「○※×でっせ」とくだを巻きながらオヤジがよたっていた。隣りに飛田遊郭がある。ここは東京・お江戸の吉原と比較されるところだ。この辺りは上野と浅草が混ざっている辺りと想像頂ければよい。

こういった環境のところにこの度、日本一とも世界一ともいわれる「ハルカス」なる建物ができた。百貨店、ホテル、美術館、オフィス…展望台があり勿論大阪名物レストラン街がある。連日の賑わいだ。実は何を隠そう(隠したってしょうがないんだが)ボクの実家がその真隣りにある「新宿ごちそうビル」なのだ(大阪なのに新宿とはこれ如何に)。ハルカス効果で我が「新宿」も大いに繁盛しているというところだ。

思い起こせば小学、中学、高校とこの天王寺でお世話になった。半径一キロ圏内に常磐小学校、文の里中学校、天王寺高校があった。人気の学校だ。天王寺高校は勉強も熱心であったが、ラグビー、野球、ホッケー、水泳と部活も盛んで、「質実剛健」というキャッチフレーズの教育方針であった。

ボクが入部を決めたのはラグビー部であった。ラグビーでは全国大会にも団体にも大阪代表として出場することができた。そういった意味でボクにとっての阿倍野、天王寺は大いなる故郷である。人生の後半、出来うる限りのお礼をしていかねばと考えている。

いやいやそんな話ではない、ボクが言いたいのは大阪と言えば「キタ」と「ミナミ」と二分されていたところ、忘れられていた存在の阿倍野、天王寺が「あべのハルカス」出現によって賑わうこととなり、脚光を浴びてきたということである。「キタ」と「ミナミ」の繁華街に匹敵する街がもうちょっと南に出来上がったということだ。

冒頭で話したようにこの辺りは、井原西鶴の作品のなかに天王寺村として出てくることでも分る。歴史も古く、和歌山に通じて、熊野古道の出発点であると聞く。東京でいうところの山の手・下町が混在する大阪らしい大阪となる訳だ。

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