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2015.04.06

ファッションの行き着くところ。

長友啓典(クリネタ編集長 / アートディレクター)

このところ気候の変化が目まぐるしい。半袖かなと思ったらウールのセーターを着込まなければならない。なんだかんだと言いながらファッション計画を立てている時が楽しい。ゴルフ場の状態を思い出しながらファッションがマッチしているかどうかをチェックし、出発前に鏡に写る自分のフォームについ、「イケルなぁ」と惚れ込んでいる時がある(可成りのナルちゃんだ)。遠足に行く前の子供の様だ。着る物をバックに詰め込み、枕元に置いて寝るのだが、なかなか寝付きが悪い。

思い起こせば若い時からファッションに興味があった。興味があったと言うか、そういう時代であった。週刊誌でも男性版が登場した。そのファッション文化が社会現象になった程の「平凡パンチ」(平凡出版社、現マガジンハウス)が創刊された。1960年代のことである。ボクがデザイン学校を卒業した頃、多摩美術大学のデザイン学生(油絵科かな?)であった大橋歩さんのイラストレーションが「平凡パンチ」の表紙を飾った。若者達の圧倒的な人気で、受け入れられ、そのファッションを施して銀座を闊歩する姿をマスコミは「みゆき族」と称した程だ(不思議なご縁で後々「平凡パンチ」の表紙をボクがデザインすることになった)。

相棒の絵描き、黒田征太郎と出会った時もこの頃である。最初の挨拶がなんと「ええクツ下はいてんなぁ」、「どこで買うたん」という会話であった。当時カリスマファッションデザイナーの石津謙介氏率いる「VAN」(ヴァンヂャケット)の製品が我も我もと一世風靡していた。大橋歩さんの描く若者達もこの「VAN」製品であった様な気がする。所謂「アイビールック」とうヤツである。黒田もボクも石津教の信者であった時がある。紺地のブレザー、腕にエンブレム、シャツは貝ボタンのボタンダウンのシャツ、色がわりかギンガムチェック、細身のズボン(パンツと言う)、生成りの白いクツ下(黒田との会話に出てくる)、クツはローファー(コインシューズというヤツ)、踵(かかと)のゴム底はセパゴの製品と大体決まっていた。髪型がGIカットだ。先輩達からは疎んじられていたが、男性化粧品、ヘアト二ック、ヘアクリーム、シェービングと発売された。若者の朝シャンが常習とされ、出社前の若者サラリーマンの「たしなみ」となった程である。

はしょって話すが「アイビー」から「ヒッピー」、「サイケデリック」、「フラワーチルドレン」同じくして、ビートルズとともに長髪(ロンゲ)とTシャツの若者文化が世界に伝播することになる。とは言うものの「……まったく気どらない、まるで構えない、たまたまあるものを着るだけ、しかし人を不快や不安にはさせない……」という片岡義男さんのエッセイを読んで、「なるほどなぁ」、「ファッションの行き着くところはここだ…」と思った次第である。

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