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2015.04.13

イノイズム思想㉒「意味」

柴田常文 (コピーライター / クリエイティブディレクター)

初めてその言葉に接したとき、あぁ、とうとう来たか! と思ったのだ。「ラッスンゴレライ」「ラッスンゴレライ」そしたら「何ですのン?」と、こっちが思うことを先取りして、自分たちでそこまで語ってしまう。意味など最初からない。その無意味さに小さな子どもから大人、果ては中高年まで笑い転げる。いったい、これはどうしたことか?

「ラッスンゴレライ」は「メッソングリサイ」でも「テッケンパケロイ」でも成立する、はずだ。リズムネタ、言葉のリズムが合っていれば、何だってかまわない。バンビーノという別のお笑い2人組は「ダンソン、フィーザキー!」と叫んでいる。これもまた、意味が分かるようで分からない。分からないものに笑い転げるのは、分からないからなのか? 分かっているからなのか? 分からないことが分かるから可笑しいのだろうか?

年が明けたら、いきなり、無意味が世の中をバッコし始めている。分からないコミュニケーション。「帰りに父も殺し買ってきて」や「コカインランドリー行ってきます」などと押し間違えてつぶやくおかんメール、「次の英文を過去形にしなさい。I Live in TOKYOの答えが ILive in EDO」のようなテスト珍回答ブーム、これもまた無意味な笑いであろう。意味やヘ理屈、コ理屈ばかりの世の中に辟易して、そんなの意味ないじゃん! とみんなでバカになって、笑い飛ばしてしまう世の中なのだろうか?

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