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2015.05.25

粉もん食べて70年…。

長友啓典(クリネタ編集長 / アートディレクター)

大阪と言えば「粉もん」が通り相場である。うどんにはじまり、たこ焼き、お好み焼きとなってくれば、この手のものは枚挙にいとまがない。これらに関しては「ああでもない」、「こうでもない」と夜を撤して話をすることが出来る。

ボクが五十数年前に東京へと夜汽車に乗ってやって来た頃、何が困ったって、大阪弁がまだ通じなかったことと、慣れ親しんだ「お好み焼やさん」が街の中に見当たらなかったことである。大阪では当時から「向う三軒両隣り」にお好み焼屋さんの暖簾がかかっており、屋台では「ラーメン」じゃなく、「うどん」が通り相場であった。それほどに「粉もん文化」が浸透していた。

そろそろ戦争の爪痕も癒されかけてきた頃である。平民のご出身であられる正田美智子さんが皇太子さんのお妃さんになられるということで「ミッチーブーム」がまき起こっていた。軽井沢のテニスコートでのツーショット写真が新聞報道で流れたことで少年少女はテニスに憧れ、テニスのラケットを小脇に抱えてのカップルが爆発的に全国を席巻した。かくいう私めもニキビ面をたずさえてラグビーを始める前にこのブームに乗っかろうとしていた時期がある。いや全く面目ない。

そんな話はさて置き、最近の「粉もん」事情としては東京にもそれなりの「お好み焼やさん」、「たこ焼きやさん」が出店し始めてはいる。しかし、一味も二味も本場のものにはほど遠い。ボクのメガネに叶うものも無きに等しい。残念なのは新幹線の大阪駅であるとか大阪の土産物屋さんの店頭にある「お好み焼」、「たこ焼き」の味には目を覆いたくなる、と常々思っていた。

そしたらなんと嬉しいことに同じ思いの御仁がいた。大阪は谷町九丁目にある「豚玉」というお好み焼やさんである。そこのマスター今吉さんが朝な、夕なに、研究に研究を重ねて思いのたけが詰まっている「冷凍たこ焼き」を完成することが出来た。そしてこの度目出たく発売に漕ぎ着けたのが「たこりき」である。粉もん食べて70年、ボクがやっと納得のいく代物に出くわしたということだ。マスターのしつこさが実を結び、何処に出しても恥ずかしくない大阪土産の「たこ焼き」、「お好み焼き」が完成したという訳である。

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