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2016.02.29

常識から、生まれるものはあるか。

長友啓典(クリネタ編集長 / アートディレクター)

「常識からは何も生まれず」という見出しの新聞記事に目がいった。書家の篠田桃紅さんの言葉である。

昨年、102歳になられた。お元気である。お若い頃は美人の前衛アーティストとして世に知られた。我々デザイン学生の憧れの的であった。ボクも田中一光先生から同じようなことを教わった。ものづくりの基本姿勢である。「一に体力、二に体力、三、四がなくて五に才能」を座右の銘として現在に至っているが、篠田桃紅さんは、まさにそれを実践されている。「人生を枠に収めずに自分を頼りに、やっておきたいことはどんどんやる。人は何歳からでも何かを始められるから。できなかったことを悔いてはだめ。」と、おっしゃっている。「よっしゃ、ボクもこうなったら100歳まで生きて、年内に100ラウンドのゴルフをこなし、願わくばエイジシュートの100打で上がるぞぉ」と心に誓った(ナンタル次元の低い誓いだろう)。「挑み続ける強さ」を篠田さんは記しておられる。

そんなことを思っている時(常識からは何も生まれず)に期せずして二人の画家の展覧会を見る機会があった。一人は、「堀内康司」という。昭和7年生まれとある。草間彌生らとグループ展に出品をしたり、池田満寿夫、真鍋博、靉嘔らとグループ「実在者」を結成し将来を嘱望されながら30歳で衝動的に(何かあったのだろうが)絵を描くことを断念し、競馬記者、デザインの仕事をしながら若手の育成に関わったと略歴にあった。

そのことは兎も角、30歳までの作品群をひと目見た時に身体が硬直したことが分かる程の衝撃を受けた。何かに挑みかかる直線の強さだ。空間の構成も常識を覆している。「堀内康司」が何者であるとかの先入観なくして新潟の「砂丘館」というアンティークな建物に吸い込まれるように入り、偶然にしてその絵の前に立った時のショックだから本物だ。ボクとほぼ同世代である。何となく状況が分かる。

2週間ほど前に行った帯広で観た神田日勝と通じるものがあった(神田日勝記念美術館)。やはりボクと同じ世代である。戦争末期に疎開をした先が北海道の十勝平野鹿追町であった。開拓農民として到着した日が終戦の日であったようだ。町に住むボクでさえ何もなかった時代だ。農業(開墾)の傍ら紙がないので板片に描く彼の日常は、察するに余りあるものがある。絶筆の「馬」の前では立ち尽くすこと30分はあった。

常識、非常識という問題が個人個人異なるものなのでなかなか難しい。ボクとしては「常識からも何かが生まれる」と思っている。

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